3/16テイリン新刊サンプル Immoral 悪趣味&秘密 / ジェイルク
悪趣味
ここ最近、気付いた時にはこの子供に手を奪われている。書類作業がひと段落した時や、定期検診の合間、極め付けには街を歩いている時など。悪名高いネクロマンサーの手を子供が。と言いたそうな周囲の目線が鬱陶しい。
だからと言ってこの手をぴしゃりと跳ね除ける理由も無い。緩やかに死に向かうこの朱の子供を間接的に生み出した手だというのに、何を思ってそれを包んでいるのだろうか。そうされる事自体が罰だと、そう言いたいのだろうか。
「お前また変なこと考えてるだろ」
ヘンな顔をしやがってと朱の子供……ルークが何食わぬ顔で言う。それでも奪われている手の微妙な感覚は消えない。
「人の手を勝手にいじくり回すような子供に言われましても」
「いーじゃんか、たまには」
──たまには。偶にだったら確かに構わない。だがその「偶に」で済むほどの接触では無かった。手袋に収められた掌を親指で押されたり、摩られたり、落ち着いたかと思ったら次は指に移動する。親指、人差し指、中指、薬指、そして小指。一つ一つ吟味するようにして触れてくる。それが一度ならず、二度、三度。数えるのも面倒になり、放っておいたら知らぬ間に常習化していた。
それが最も身近に居たガイや他の仲間達だったらまだわかる。それなら微笑ましい目で見ていられるだろう。実際、一通り皆に同じような事をしていたのを見たことがあるが、こんなにも何度も何度も同じようなことをしていたことは一度もなかった。せめて二度くらいが良いところだろう。
「なぁジェイドー」
「そろそろ離してください」
ムッとする子供の顔を見て、もう一度優しく「離してください」と同じ言葉を向けると、拗ねてしまったかのように顔を逸らされる。包まれていた手も解放され自由になった。
「ちぇ、まだ何も言ってないのに。あとで好きにさせてもらうからな!」
くくく、と見たこともない笑みを浮かべるルークは、前を歩く仲間たちの元へと駆け寄る。最後尾に一人残された男はそれと自分の手を交互に見ては、形容し難い感情を抱いていた。
別に億劫と言う訳ではない。寧ろ子供というイキモノとして生きる上では当たり前の作法と語っても良いだろう。一種のスキンシップとして処理してしまえればそれで良いのだが、どうにも度を超しているような気がしてしまう。ただ手に触れるだけだと言うのに、それだけではないような……。宿の受付を済ませて各々が自由行動する中、ルークは一切外に出たがらなかった。それだけならまだしも、頑なにジェイドの隣を離れない。気にせず書物に目を通しているその姿をじっと見つめている。楽しそうにその様子を見つめるものだから、ジェイドは小さく溜息を吐いた。
「ルーク、ずっとそうされていても困るのですが……」
「いいじゃん、それにさっき、好きにさせてもらうって言った」
その発言通り、ジェイドは今ルークに好きにされている状態だった。ルークは宿に着いて早々、部屋割りはジェイドとがいい!と大声で宣言したのだ。その勢いの良さに誰もが驚きの表情を浮かべていた。ティアやナタリアは定期検診もあるだろうと頷いたが、ガイは若干寂しげな雰囲気を醸し出していた。アニスに至っては「ルークってば、大佐に弱みでも握られたの?」と言い出す始末だ。ジェイドはルークの弱みを握っているわけではない。寧ろ、その逆。何故か弱みを握られているような感覚がした。
「一体何がしたいんですか……全く」
隣でひょこひょこと髪を揺らしながら見つめるルークの顔はずっと笑顔のまま。なんの穢れも無い無垢な笑顔がジェイドの集中力を削いでいく。いくら目の前の内容の固い書物に目を向けていても、何故か隣の子供の存在そのものに全て奪われてしまう。
「おとなしく手貸してくれれば良いんだけどなあ」
──また手だ。この手の何に興味を持っている?
ジェイドは読んでいた書物を閉じて隅に置き、致し方なく右手をルークに差し出す。が、ルークは少し不機嫌そうな顔をした。どうやらこの邪魔な手袋を取れ、と言いたいような顔をしている。ジェイドの素肌を覆い隠していたそれはルークの手によって剥ぎ取られてしまった。
邪魔なものがなくなってご機嫌なルークは、いつものルーティンのように掌を親指で押される。何かを押しつぶすその小さな感覚が楽しいのだろうか。流れるように指に触れる。親指、人差し指、中指、薬指、そして小指。愛でる様に撫でるルークの指だって、大層変わりもしないだろう。
「やっぱジェイドの手って大きいよなー」
「はあ」
「俺の手と合わせてみるとさ、こーんな差があんの」
そう言ってルークはジェイドの掌と自分の掌を重ね合わせた。大きなジェイドの手と、それよりもほんの少し小さめなルークの手。大きな暖かさと小さな冷たさが交差する。「面白いよなぁ」と笑うルークにジェイドは「いえ、全く」と呟く。
「俺さ、ジェイドの手に触れるの好きなんだよ」
この子供はいきなり何を言い出すんだ。なんて言葉は頭にも浮かんでこない。この手に触れる理由がそれだけならば、紛れもない事実なのだろう。
「特にな、指」
「……指」
もはやここまでくるとこの脳でも処理しきれなかった。手に触れるようになったかと思えば、急にそれが好きと告白され、挙句の果てには、指。内心で趣味の悪さを毒づいてしまう程には、意味が分からない。
「すげー綺麗でさ、長くてさ」
羨ましいなあ、ルークは目を細める。そしてその目線はジェイドの指から瞳に移されていく。触れられた手は変わらずそのままで。
「あのさ、さっきの話の続き」
宿に着く前に手を触れられていた時、あの時は外に居て周囲の目があったこともあり、流れるように引き下がらせた。今は違う。誰の目もない二人だけの空間。その手を離す理由も無ければ、話を遮る理由もない。どうぞ、と呟くジェイドにルークは続ける。
「ジェイドは俺のこと、好き?」
首を傾げて問いかけたルークに、ジェイドは言葉一つも紡げなかった。言葉の濁りのなさに驚愕したと言っても過言ではない。無表情ながらも驚きを隠せないジェイドに、ルークも焦りを感じたようで「間違えた!」と慌てて脳内で言葉を組み直す。
「えーっと、ジェイドは俺の何が好き?の方がいいのかな……」
「何故そこを疑問形にするのですか……」
「だーっ、そう言うところはどうでもいいんだよ!」
俺の何が好きなんだ、といきなり問われても。どう答えるのが正解なのか、言葉を無意識に探してしまう。裏切るように「あなたの事なんて嫌いです」なんて言葉を口にしたらゼロから……いや、マイナスから積み上げてきた全てが台無しになりそうだ。、その返答はリストから除外する。では無難に顔と答えたらどうだろうか。安直な返答だとして怒りを抱くだろうか、それとも年相応に舞い上がるのだろうか、どちらにしてもそれはそれで面白みに欠けるので却下だ。
どのみち、今のジェイドにはこの質問に対する的確な「答え」は無い。厳密に言ってしまえば、有ってもそれが正しいものでは無いのだろう。沈黙を貫く間もルークは微笑みを浮かべ続けていた。
「少し、時間を頂けますか」
そう呟くようにして言うジェイドにルークはぽかんとする。その表情のまま「何で?」と言うようにまた首を傾げた。
「すぐに答えを出せるような質問ではなかったので、返答に困っているんですよ」
「え、あ、うん」
「ですから」
ジェイドは触れていたままの手を離し、椅子から立ち上がる。呆然とするルークの頬に手を添えてこう告げた。
──答えが出るまで良い子で待っていてくださいね。
他愛もない話題をしている時、次の街へと行く前の待機時間など、二人の距離感がより狭くなったのに一早く気づいたのはミュウだった。ひょこひょことルークの元に駆け寄っては──ご主人様、最近ジェイドさんととっても仲良しですの。ほほえましいですのー……などと大きな声で言うものだから、誰もがそれに注目した。そういうわけじゃないって、と慌てふためきそうなルークを横目にジェイドは面白いものを見るように笑っていた。
「確かに、いつの間にそんなに仲良くなったの?ルーク」
「知らない間に友好関係を深めていたんですの?」
ティアとナタリアがどうなの?と言うようにルークに詰め寄る。ジリジリとにじみ寄られる度に後退りする。
「ほらそこ、騒いでないで食事の準備手伝ってよー」
もう出来上がってるんだから、と呆れ口調で助け舟を出すアニスにルークは引きずられていく。ティアとナタリアも二人の後を追い、全員分の食事の準備に取り掛かった。その様子をじっと見つめているジェイドにミュウはまんまるとした瞳を向ける。
「ジェイドさん、ずーっとご主人様のこと見てるですの」
「目を離すと怪我でもしそうで心配なんですよ」
「みゅうう、ご主人様が怪我をしないように、ミュウもしっかりと見ているですの!」
胸を張り誇らしげに言うミュウ。対してジェイドは我ながら雑な嘘を口にしたものだと内心呆れ返った。
「おーい、心配してるのは旦那とミュウだけじゃないぞ」
「ガイさんも心配ですの?」
「なんてったってあいつの使用人だからなあ。小さい頃から見てるんだ、意識しなくとも心配するよ」
みんなご主人様のことが大好きですの!と微笑むミュウ。ガイもそれにつられて同じように笑う。なんとも美しい限りだ。目の前にいる一匹と一人と同じような目線で彼を見つめていたならば、どれだけまともだっただろうか。子を慈しむような瞳で見ているわけではないのにと、ジェイドは心底困り果てた内心をいつもの笑みで隠した。
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秘密
周囲の人々をじっと見つめる。これでもかというほど見つめてみる。飽きる寸前まで見つめてみる。その顔を認識して、覚えて、いつでも思い出せるようにして、そして最後に自分自身の顔を見る。その顔は、どこか違う。
仲間の顔をじっと見つめる。何をしているのだと咎められたら遠くから見つめる。至近距離で見れる人は至近距離で見つめてみる。その顔を認識して、覚えて、いつでも思い出せるようにして、そして最後に自分自身の顔を見る。やはりその顔は、どこか違う。
その違いと言うものが一体何なのか、ルーク自身には検討が付かない。だが、彼なりに考えをまとめようとしていた。他人にあって、自分に無いものは何だと。数日を経て、一つの答えに辿り着いた。
──大人の顔だ。
それ以来、大人の人間を見ることが多くなった。誰かが他愛もない会話をしている時に横目で見るようになった。自分より歳が上の人間が見せる表情は、自信や余裕がある。そんな人々が見せた顔を、ルークは羨ましく思っていた。
そして今夜も自分の顔を見つめる時間がやってくる。洗面所の鏡の自分と対話する時間だ。歯磨きを終えて自分自身と向き合い、日中に見た大人たちの表情一つ一つを真似してみる。明るく大らかだった商人の顔や、常に相手を見透かすような兵士の顔、母性を持った母親の顔など、覚えている限りの全てを演じる。鏡を見る自分が不器用ながらもインプットしたものを、鏡の中にいる目の前の自分が不自然にアウトプットしていく。それでも納得できなかったのか、お互いに頭を抱えて唸り始めてしまう。
「なかなか戻ってこないと思ったら……一体何をしているんですか」
突然掛けられた声にルークは奇声を上げながら振り向く。自分自身でも訳のわからない行動をしているのに、それを後ろから眺めていたであろうジェイドにも理解できる訳がなかった。
「いや、あの、これは──」
「あぁ、鏡の中の自分と睨めっこでもしていたんですか?」
それはそれは面白そうですねぇ、と冗談混じりに言うジェイドに、ルークは溜息を吐いて再び鏡の中の自分と向き合った。
「睨めっこじゃないよ、ただちょっと練習してただけ」
「練習、ですか」
一体何を?とジェイドはルークの背後に歩み寄りながら問いかけた。ルークは何も考えずに続ける。鏡の中にはルークだけじゃなく、ジェイドも映り込んだ。そのジェイドの顔を見てルークは口を開く。
「ここ最近、いろんな人の顔を見て思ったんだけど、俺って全然大人な顔じゃないなーって思ってさ……」
「子供の顔のままでいいじゃないですか」
「あのなー、それじゃ意味ないんだよ」
ムッとするルークにジェイドは思わず声を上げて笑う。それがルークにとって追い討ちになったのか、さらに怒りを加速させる。
「俺は真面目に悩んでるんだよ!」
「はは、そうですか、それはとても良いことです」
それでも、くくく、と笑いを堪えるジェイド。まさかルークがこんな夜更けにこんなことで真面目に悩むとは。対してルークはそんな様子のジェイドを横目に不機嫌なまま。
「ちぇ、本気で悩んでるのに茶化しやがって。馬鹿にするくらいならさっさと寝ちまえっつーの」
「おや、子供に指摘されてしまいましたねぇ……」
最大級の文句を軽くあしらってジェイドは微笑む。いつもの胡散臭い笑みだ、とルークはまた溜息を吐く。
「大人は寝る時間だぞー」
「はいはい、それで……大人な顔じゃないとは?」
「え?」
この話題に足を踏み入れてくると思わなかったルークは思わず間の抜けた声を上げる。きょとんとした顔をして鏡に映るジェイドの顔を見つめて思考停止していると、そんなにまじまじと見られても何も出ませんよー、とまた茶化された。が、ルークはずっとそれを見つめたまま小さく唸った。
「あのさジェイド、どうやったらジェイドみたいに大人みたいな顔になれるんだ?」
首を傾げ問うルークに、ジェイドは呆気に取られる。場合によっては自ずとコントロールするが、そうでなければ無意識に完成されるこの顔をどう説明できるものか。年を重ねれば必然的にそうなれるのでは?なんてくだらない返答を求めているわけでもないだろう。
「と、言われましてもねぇ。私だも好きでこういう顔になっているわけではありませんから」
「うわ、嫌味かよ」
本当にムカつく、と不服そうにするルーク。どう足掻いても正解の道がないジェイドは頭を抱えてしまいそうになる。
「ジェイドとかさ、陛下とかさ、人と話してる時にすっげー真面目そうな顔する時あるだろ?俺もああいうふうになりたいなって思ったんだけど、なかなか難しくて。そうじゃなくても、ほら……」
「……いやぁ、無理でしょうね」
「くそっ、馬鹿にしやがって!もうジェイドなんて知らねぇ!」
くるりと振り返って本物のジェイドに怒鳴りつけるルーク。顔を真っ赤にして怒る姿は子供特有のそれでしかなく、ルークの言う大人の理想像とは程遠い。挙げ句の果てには「馬鹿」だの「無神経」だの、捻りのない罵詈雑言をを口にしながら、八つ当たりのようにぽかぽかと胸元を弱い力で殴るものだからどうしようもない。この際、好きにやらせてしまおうとジェイドはその様子を落ち着くまで眺めていた。
「はー、もう。何なんだよ。こんなんじゃ眠れもしねぇっての……」
せっかく歯磨きまでしたのになー、とむくれながら再び鏡の中の自分と向き合うルーク。何度見たってその顔は子供のまま。少し茶化された程度でここまで怒りを露わにしてしまうなんて、とルークは心の中で落ち込んだ。描いた理想とは真逆に進み続ける自分に、とうとう嫌気を差してしまいそうだった。
「ふむ、大人の顔ですか……」
どうやってやるんでしょうねぇ。と呟きながらジェイドも鏡の向こうに立つ自分自身の顔を見つめてみる。年を重ねた自分の顔をじっくりと。ルークのように幼かった頃は如何だっただろうか。そんなことで悩んだ覚えは一度もなかった。と言うより、悩む理由もなかった。そんな脳が自分の顔の事についてどう考えようか。
「お前でも悩むのかよ」
「心外ですねえ、悩む時は悩みますよ」
肌荒れや弛みなど、色々と……と冗談混じりに言うジェイドにルークは根負けしたようにそう言う事じゃねぇ、と呆れを見せた。
「やっぱり俺には無理なのかなぁ……」
鏡の向こうのルークも、ここにいる現実のルークも、自信を無くしたようにしゅんと項垂れる。元より自信なんてないくせに、と頭の中で自虐まで初めてしまう始末だ。
「出来ますよ」
背後から手を伸ばし、右手を顎に添えてルークの顔を固定するジェイド。突然の出来事でルークは思わず目を見開いて沈黙した。背後でクスリと笑みを零したことだけは止まっている頭でも理解できた。
「今の顔をよくご覧なさい」
そう命じられるルークは、言葉そのまま自分の顔を見つめるしかできなかった。固定された手から逃れようと顔を左右に動かしてみるが、まともに動かせない程にしっかりと固められてしまっている。
「じ、ジェイド……お、怒ってる?」
「いえ?怒ってはいませんよ。でも……そうですねぇ、出来ないと決めつけてしまうのは如何なものかと思いまして。それに……」
──私だけは貴方が大人の顔を出来るのを、知っていますので。