揺籃/ジェイルク

2024年12月03日
 ──眠れ眠れよ幼子よ、鳴き声も上げず、ただ静かに。 


 いつか消えてしまう子供。裁いても裁ききれぬ罪を身体全身に染み込ませた儚い生命、惨めにも世界の為に創られ、捧げられるたった七つの命。自分の罪の象徴であるかのように存在する「それ」は、瞼を伏せ、静かなる眠りについていた。──それはとても健やかに。小さな赤子が母親に抱かれて眠るように、温かな羊水に浸る胎児のように。
  幾度となく訪れる残酷な夜、魘されて眠りに付けず肩を震わせる子供を何度もこの眼で眺めていた。その度に小さく声をかけてやれば、子供は開ききった瞳孔を──恐れを含ませた瞳を向けてくる。振り返ったその表情に、何が起きても、然程微動だにしないだろうこの心は抉られてゆく。 助けを求めるように、それでも諦めきった声色で「ごめん」と呟く。それに対し私は何だ、焦燥の眼差しに淡白な視線を浴びせた。だが子供の憶える感覚というのは、常識的な感性どころか、それを上回るくらいオカシイものだ。こんなものに安堵を覚えてしまうなんて、愚かしくも悲痛だ。
 その後は言葉など必要なかった。無言を貫きながら身を起こそうとする彼を抑え込むように──イヤ、包み込むように、白いシーツへ身を投げた。二人分の重さに、脆いベッドはキィと軋んだ音を立てる。──黙れ。大人と子供一人分の重さにくらい耐えろ。彼は私の挙動に驚いたのか、小さく息を飲み、身体を強張らせる。常に前を歩いていた広い背は、こんなにも壊れてしまいそうだったか、頭の中に刻み込まれている光景と照らし合わせても合致しないこの弱々しい背に、私の手を回してやる。壊れ物を扱うように、丁寧に、丁重に、赤子を、あやす様に。
 
「あったかい」 
「……」 

 緊張が解けたかのように、強張った体は安らう。私の胸に収まった顔は、先程でとは打って変わって穏やかだった。子供の本能だろうか、おずおずとだが私の胸に顔を擦り寄せる。それは七つという年相応の仕草そのもの。暖かいであろう私の熱を感じ、それに縋って安らぎを得ている。──こんなにも、冷え切った本質の持ち主なのに。

「なんかこれ、いいな」 
「何がですか」 
「こうして包まれてるのって、意外と安心するもんなんだな」

 どこか気恥ずかしそうな声で子供は呟く。甘えるように何度も頬を寄せたり押し付けたり、その合間に、人の匂いを確かめたり。愛らしい犬のように、寂しがりな猫のように、何度も繰り返す。
「私には、わかりかねますが」 
「そっか……」 

お互い視線を交わす形になり、静かな夜に浸る。まだ此処に存在している。まだ消えていない。此処にいる。

「悪いんだけどさ」

 この腕に抱かれ、暖かさに浸り、徐々に眠気を帯び始める彼が小さく囀る。
「俺がちゃんと眠れるまで、こうしててくれないか?」 

その「問」に「答」は必要ない。


 ──さぁ眠れ愛し子よ、胎児のように、来るべき目覚めの朝の為に。

 規則的な寝息だけが響いている。あれから彼が眠りに落ちるまで時間はかからなかった。今はこの胸の中でただ静かに眠っている。安らかに、穏やかに。明日になれば何事も無かった様に、いつもの表情で言葉を交わし、戦い、傷つき、苦しむのだろう。 

「せめて、貴方の命が終わるまでは」

 ──ささやかなる時間が長くあるように、幸福の種が芽生えるようにと、私は言葉にはしないだろう。その代わり、この冷え切った心の中に染み込ませるよう、乾いた大地に水を撒くよう、密やかに、切に願う。  

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